2016年1月17日日曜日

8.共役の關係

8.共役の關係

 上に述べてきた1次演算子は複素量である.なぜなら1次演算子には複素數を掛けることができて,その結果前とは違うが性質は同じ量が得られるからである.それゆえ1次演算子は一般には複素數の力學變數,すなわち座漂や速度などを變數とする複素函數に對應するはずである.そこで實數の力學變數に對應する1次演算子はどんな種類のものであるかを調べるために理論をもう少し發展させる必要がある.

 に對して共役虛なケットを考えよう.このケットはと反1次的な關係にあり,從ってとは1次的な關係にある.そこでこれは何かある1次演算子をに施した結果であると考えることができる.この1次演算子はのアジョイントと呼ばれるものであって,これをで示すことにする.この記號を用いるとに共役虛な量はである.

 第I章の公式(7)での代わりにと置き,の代わりにその共役虛の量と置いてみる.その結果は

である.これはどんなケット・ベクトル,,どんな1次演算子に對しても成りたつ一般公式であって,アジョイントの性質の中で最も多く用いられるものの一つを表わしている.

 (4)での代わりにとおくと

が得られる.但し(4)のととを入れかえてもう一度用いたのである.これはどんなケットに對しても成りたつから,第I章の(4)から考えて,

であると結論される.そしてこの關係がどんなブラ・ベクトルに對しても成りたつことを考えれば,

であると結論される.從って,1次演算子のアジョイントのアジョイントはもとの1次演算子である.アジョイントにこの性質があるため,それはただの數に對する共役複素數と似ている.そしてたやすく確かめられるように1次演算子がただの數であるような特別の場合には,それのアジョイントは共役複素數である.こういう點からすると1次演算子のアジョイントは力學變數の共役複素量に對應すると假定するのが合理的である.1次演算子のアジョイントにこのような物理的意味がつくので,アジョイントという代わりに共役複素1次演算子と呼んでもよい.このなまえはここに用いたという記號とよく合っている.

 ある1次演算子がそのアジョイントと等しいこともある.そしてこの時にはセルフ・アジョイントであるという.これ實數の力學變数に對應するから,セルフ・アジョイントという代わりに實の1次演算子と呼んでもよい.どんな1次演算子でもそれを實部分と純虛部分とに分けることができる.こういうわけで1次演算子には‘共役虛’ということばでなしに‘共役複素’ということばが使えるのである.

 二つの1次演算子の和の共役複素量は明らかにそれらのそれぞれの共役複素量の和である.二つの1次演算子およびの積の共役複素量を得るには,第I章の公式(7)で

と置いたものを適用する.その結果は(4)により

である.これがどんなやに對しても成りたつことから考えて,

であると結論される.從って二つの1次演算子の積の共役複素量はその因子の共役複素量を逆の順序に並べた積に等しい.

 この結果の簡單な例として注意しておきたいのは,およびが實であってもは一般には實でないことである.これは古典力学との重大な違いである.しかしながら,は實であり,またも實である.ととが交換する場合に限って自身もやはり實となる.さらにまた,が實であればも實であり,もっと一般的にいうと,をかってな正の整數としても實である.

 三つの1次演算子の積の共役複素量を求めるには,それらの內の二つの積の共役複素量に對してあてはまる規則(5)を順順に適用すればよい.すると

となる.すなわち三つの1次演算子の積の共役複素量はその因子の共役複素量を逆の順序に掛け合わせた積に等しい.この規則をもっとひろげて,1次演算子をかってな個數だけ掛けた場合にあてはめるのもたやすいことである.

 前の節でという積が1次演算子であるということを知ったが,これに對する共役複素量を求めるには,直接にアジョイントの定義によればよい.を一般のブラに掛けるとが得られるが,それに共役虛なケットは

である.ゆえに

 積の共役複素量と共役虛の量とについて今までいくつかの規則を求めてきた.すなわち第I章の方程式(7),この章の方程式(4),(5),(6),(7),それからの共役虛の量はであるという規則である.これらの規則はすべて次のようなただ一つの廣い規則にまとめることができる.ブラ・べクトル,ケット・ベクトルおよび1次演算子のどんな積でも,その共役複素量あるいは共役虛の量を作るには,それぞれの因子の共役複素量か共役虛の量をとって,それらすべてを逆の順序に掛け合わせればよい.この規則は全く一般的に成りたつものであって,さきに特にあげておいた以外の場合にも成りたつことがたやすく確かめられる.

 定理.が實の1次演算子であり,ある特定のケットに對して

であるとする.但しはある正の整數である.すると必ず

 この定理を證明するには,まずの場合をとる.すると方程式(8)から

が得られる.これはケットにその共役虛のブラを掛けたものが零であることを示している.第I章の假定(8)での代わりにと置いてみれば,が零でなければならないことがわかる.これで定理はに對しては證明された.

 次にとし,

とおく.すると方程式(8)から

が得られる.そこでこの定理のとした場合を適用すると

すなわち

が得られる.(8)から方程式(9)を出した手順を繰り返すと,次々に

が得られるので,定理は一般的に證明されたわけである.