2016年5月4日水曜日

15.δ函數

15.δ函數

 §10で調べた所によって,ある種の無限大を含む量を考えることが必要になった.これらの無限大を取り扱うために詳しい記號がほしいので,パラメーターに關係して次の條件を滿足する量を考えることにする:

のありさまを思い浮べるには,實變數の函數で,原點 を圍む小さな領域,たとえば長さの領域の內部のほかでは零であり,この領域の內部では非常に大きい値をとり,この領域について積分すればとなるようなものを考えればよい.この領域の內部で函數が正確にどんな形をしているかは問題にならない.ただし不必要に激しい變化はしないものとする.(たとえば函數はいつでもの程度であるものとする.)そうすればの極限ではこの函數はへ移ってゆくことになる.

 函數についての普通の數學の定義に從えば,はの函數ではない.普通の數學の定義では函數というものはその領域內の點に對してそれぞれ一定の値をもつことが要求されるからである.はなにかもっと一般的なものであるから,これが普通の定義による函數とは異なるものであることをはっきり示すために,‘廣い意味での函數’とよぶことにしよう.こういうわけでは,普通の函數のように一般に數學解析で用いられる量ではなくて,を用いても明らかに內部に矛盾が起り得ないような,簡單な型の式に限って用いることが必要である.

 の最もたいせつな性質を示すよい例は次の方程式である:

ここではの連續函數であれば何でもよい.この方程式が成りたっていることは,前に考えておいたのありさまからたやすくわかる.(3)の左邊での値が關係してくるのは原點に非常に近い所のほかにはあり得ないから,の代わりにその原點での値とおいてもかんじんな點には誤りを生じない.すると方程式(3)は方程式(2)の最初の式から直ちに得られる.(3)の原點を變えると,

という公式を導きだすことができる.ただしはかってな實數である.つまりの函數にを掛けて全體にわたって積分するという手續きは,の所にを代入するという手績きと同じことである.この一般的な結果はの函數がただの數ではなくて,を變數とするベクトルあるいは1次演算子であっても成りたっている.

 (3)と(4)との積分の領域をからまでとする必要はなく,問題の點つまり函數が零とならない點を圍む領域であればよい.これから先こういう方程式では普通は積分の限界を省き,積分の領域は適當にとるものと了解しておく.

 方程式(3)および(4)によれば,廣い意味での函數はそれ自身としてははっきり定義された値を持たないけれども,積分される函數の中に因子として現われるときにその積分ははっきりした値をもつことがわかる.量子論で廣い意味での函數が現われるときはいつでもけっきょくは何か積分される函數の中で用いられるものとなっている.それゆえ理論を書き改めて,廣い意味での函數は始めから終りまで積分される函數の中にだけしか現われないような形とすることも可能なはずである.そうすれば廣い意味での函數を全然消去してしまうこともできることになる.從って廣い意味での函數を用いたからとて,理論の嚴密さが少しでも失われているわけではなく,それはただ便利な記號であって,これを用いればある種の關係を簡單に表わすことができるということにすぎない.それらの關係は必要があれば廣い意味での函數を含まない形に書き改めることもできるが,そうするとどうしても書き方がめんどうになって議論がわかりにくくなりがちである.

 函數を定義するもう一つのやり方は

で與えられる函數の微係數とすることである.これが前の定義と同じものになるということを確かめるには(3)の左邊のの所へを代入して部分積分をすればよい.すると,ととを二つの正の數として,

となることがわかるが,これは(3)と一致している.函數は不連續函數を微分するといつでも現われるものである.

 函數について基礎的な方程式をたくさん書き下すことができる.これらの方程式は要するに函數を含む代數關係式を取り扱うための規則である.これらの方程式の意味は,どの式でもその左邊と右邊とが,積分される函數の中の因子となるとき同等な結果を與えるということである.

 そういう方程式の例としては次のものがある:

方程式(6)はがその變數の偶函數であることを述べたものにすぎず,とりたてていうほどのこともない.(7)を確かめるにはのかってな連續函數をとってみればよい.すると(3)から

從っては積分される函數の中の因子としては零と同等である.それが(7)の意味にほかならない.(8)と(9)とはこれと似たようなやさしい議論で確かめられる.(10)を確かめるにはのかってな連續函數をとる.すると

こうして(10)の兩邊は,を積分變數として積分される函數の中の因子となるときには同等である.同じやり方で(10)の兩邊がを積分變數として積分される函數の中の因子となるときも同等であることが示される.從って方程式(10)はこれらの見方のどちらからでも正しいといえるのである.方程式(11)も,(4)の助けをかりると,二つの見方から正しいことがたやすく明らかになる.

 方程式(10)はとして(4)を應用しても得られる.廣い意味での函數をあたかも普通の連續函數であるかのようにして用いても間違った結果にならないことがよくあるが,これもそのよい例である.

 方程式(7)の示すように,ある方程式の兩邊を,零という値もとれる變數で割るときには,いつでも一方の邊にの任意の倍數をつけ加えておく必要がある.たとえば

という方程式から考えて

と結論することはできず,を未知の數として

ということだけしか結論できないのである.

 函數を用いた議論のよい例としての微分を考えてみよう.普通の公式

は,の近くではくわしく調べてみる必要がある.逆數函數がの近くで(廣い意味での函數として)はっきりと定義されているためには,このほかにさらに條件をつけなければならない.たとえばからまで積分すると零になるといったような條件である.この條件を餘分につけたとすると,(14)の右邊をからまで積分すれば零となるが,左邊を同じく積分したものはとなる.從って(14)は正しい方程式ではなくなる.これを改めるには,が主値をとるときにの負の値に對しては純虛數の項を含むことを思い起す必要がある.がという値を通りすぎるときにこの純虛數の項は不連續的に消えてしまう.この純虛數の項の微分はという結果を與えるので,(14)は

と直す必要がある.(15)に現われた逆數函數と函數との特別な組み合わせは,衝突の過程の量子論で重要な役割を演ずる(§50を見よ).

2016年4月18日月曜日

14.基礎ベクトル

Ⅲ 表 示

14.基礎ベクトル

 これまでの章ではある種の抽象的な量を含む代數的な理論形式を作りあげたが,この抽象的な量には3種類あった.すなわちブラ・ベクトル,ケット・ベクトル,および1次演算子である.そして量子力學の基本法則の內のいくつかを,これらの量を用いて表わしたのであった.引きつづきこれらの抽象的な量を用いて理論を展開して特殊な問題に應用することもできないわけではない.しかし目的によってはこれらの抽象的な量の代わりに,似かよった數學的性質を持つ數の組を用いて話を進めた方が便利なこともある.こういうやり方は幾何學で座標を用いることと似ていて,特定の問題を解くにあたってその方が數學の力をよく使えるという利點をもっている.

 抽象的な量を數で置き代えるやり方は一通りに決まっているわけではなくて,幾何學で用いる座標系がたくさんあることに相當して,この場合もたくさんのやり方が可能である.これらのたくさんのやり方の一つ一つを表示とよび,ある抽象的な量の代わりに用いられる數の組を,その抽象的な量の,この表示での代表とよぶ.つまり抽象的な量の代表は,幾何學の對象でいえばその座標に相當するものである.量子力學でなにか特定の問題を解決しようとする時には,この問題に現われる抽象的な量のうちの重要なものができるだけ簡單な代表をもつような表示を用いれば,勞力が最も少くてすむ.

 一般的なやり方で表示を作り上げるために,ブラ・ベクトルの完全な組を一つとり上げる.完全な組というのは,どんなブラでもこの組の中のブラを用いて(和または積分,場合によっては和プラス積分として)1次關係で表わせるようなものである.この組のブラのことをその表示の基礎ブラとよぶ.後にわかるように一定の碁礎ブラをとれば,表示を定めるのに充分である.

 かってなケット をとって基礎ブラの一つ一つとのスカラ一積を作る.このようにして得られた數が集まって の代表を作り上げるのである.これらの數はケット を完全に決定するのに充分である.それは,これらと同じ數を代表とするような第2のケットがあったとして,たとえばそれを とすれば, という差は,どの基礎ブラとのスカラー積も零となるはずであり,從ってどんなブラとのスカラ一積も零となり, それ自身が零となるはずだからである.

 基礎ブラには一つまたはそれ以上のパラメータ一: を用いて目印をつけてあると考えておこう.これらのパラメ一ターはそれぞれ一定の數値をとるものとする.すると基礎ブラは と書かれ, の代表は と書かれることになる.さてこの代表は一組の數からできていることになるが,その數というものは がおのおの許された變域內である値をとるとき,その値の一組に對してそれぞれ一つずつ決まるものである.つまりこのような數の組はちょうど變數 の函數となっているわけである.從って一つのケットの代表は一組の數とみなすこともできるし,あるいは基礎ブラの目印に用いた變數の函數とみなすこともできる.

 力學系の獨立な狀態の數が有限であって,たとえば に等しいときには, 個の基礎ブラをとれば充分であるから,ただ1個のパラメータ一 が という値をとるものとしてそれらの基礎ブラに目印をつけることができる.この場合どんなケット の代表も, 個の數 という組からできているが,これらの數はベクトル をふつうのやり方で座標系を用いて表わしたときの座標そのものにほかならない.ケット・ベクトルの代表という考えはちょうどふつうのベクトルの座標という考えを一般化したものであって,ケット・ベクトルの空間の次元が有限であるときはふつうのベクトルの座標になってしまう.

 一般の表示では基礎ブラがすべて獨立である必要は別にない.しかし實際上に用いられるたいていの表示では,基礎ブラはすべて獨立にとってあり,またそれらの內のどの二つも互に直交するというもう少し强い條件を滿足している.この場合にその表示は直交する表示であるとよばれる.

 基礎ブラ に目印をつけるパラメ一ターの の變域がすべて實であるような直交する表示をとってみる.そしてケット をとりその代表 を作る.次に という數を作り,これらをある新しいケット の代表と考えてみる.そう考えてもよいわけは,基礎ブラが互に獨立なのでケットの代表となる數は互に獨立にとれるからである.ケット は次の方程式で定義される:

ケット は明らかにケット の1次函數である.從って にある1次演算子を施した結果と考えてもよい.この1次演算子を とよべば

となり,これから

この方程式はどんなケット に對しても成りたつ.從って

方程式(1)を1次演算子 の定義とみてもよい.これからわかるように,基礎ブラの一つ一つが の固有ブラであって,パラメータ一 の値がその固有ブラに屬する固有値となっている.

 基礎ブラが直交しているという條件から, が實でありオブザーバブルであることを導き出せる.いま および をパラメ一ター のとる2組の値とする.(1)の の所へ とおいて右から基礎ブラ に共役虛なベクトル を掛けると

と とを入れかえれば

基礎ブラが直交しているという理由から,右邊はからまでのすベてのに對してでない限りは零となる.そしてすベてのに對しである場合には兩式の右邊は等しく,また, が實數であるから,それらは實數である.こういうわけで, がに等しくても等しくなくても,

となる.ここで§8の方程式(4)を用いた. などはブラの完全な組を形づくっており, などはケットの完全な組を形づくっていることから考えて,と結論できる. がオブザーバブルとなるために必要なもう一つの條件,つまり の固有狀態が完全な組を形づくるという條件は,明らかに滿足されている.というのは の固有ブラは基礎ブラであり,これは完全な組を形づくっているからである.

 同じようにして に順順に因子 を掛け,その結果得られる數の組をあるケットの代表とみなせば,1次演算子 というものを考えることができる.これらの はそれぞれ基礎ブラを固有ブラとしており,それぞれ實であってオブザーバブルであることを,上と同じやり方で示すことができる.基礎ブラはすべての の同時の固有ブラになっている.これらの同時の固有ブラが完全な組を形づくっているのであるから,§13の定理により の內のどの二つをとっても互に交換するという結果になる.

 今度は次のことを示すことにする. を互に交換するオブザーバブルの任意の組とすれば,基礎ブラが 同時の固有ブラになっているような直交する表示を作りあげることができる.最初は の固有値のどんな組 をとってもそれに屬する同時の固有ブラの獨立なものはただ一つしかないと考えておこう.するとこれらの同時の固有ブラにかってな數係數をつけたものは,求める基礎ブラとして用いることができる.これらのブラは直交性の定理からすべて直交しているし(これらのブラの內のどの二つをとっても少くとも一つの固有値は異なっており,それがこの二つのブラが直交するための充分條件である),またこれらのブラの數は,§13の結果から,完全な組を形づくるのに充分なだけある.これらのブラに目印をつけるのには,その屬する固有値 を用いるのが便利である.從ってその固有ブラの一つは と書かれることになる.

 次に一般の場合に移り, の固有値の組の內のあるものについては,それに屬する同時の固有ブラで獨立なものがいくつかあるとする.この場合はそのような固有値の一つの組 に屬する同時の固有ブラのすベての中から,いくつかのブラを選び出して,完全性の條件をみたす小さな組(subset)をつくり,その中の固有ブラはすべて互に直交するようにしておく必要がある.(ここで完全性の條件というのは,固有値 に屬する同時の固有ブラであればどれもこの小さな組の中のブラを用いて1次結合として表わせることを意味する.)このことを固有値 の組の一つ一つについて行い,その上でこれらの小さな組のすべてのブラを全部一しょにしてそれらをこの表示の基礎ブラとしてとる必要がある.これらのブラはすべて直交している.つまり,その內の二つをとれば,それらが固有値の異なる組に屬しているときは直交性の定理によって直交しているし,それらが固有値の同じ組に屬しているときは,いま特別のやり方でそれらを選びだしておいたのであるから,やはり直交しているのである.そしてこれらのブラは全體で完全な組を形づくっている.というのはどんなブラでも同時の固有ブラを用いて1次式で表わされ,そしてその同時の固有ブラはそれぞれが小さな組に屬するブラを用いて1次式で表わされるからである.小さな組の選び方は無限にたくさんあるが,それらはそれぞれ直交する表示を與えるのである.

 この一般の場合に基礎ブラに目印をつけるには,その基礎ブラの屬する固有値 のほかに一定の實變數たとえば をおぎなって用いればよい. は同じ固有値の組に屬する基礎ベクトルを互に區別するためにつけ加える必要があるのである.從って基礎ブラは というように書かれる.變數 に相當して,(1)に似た方程式によって1次演算子 を定義することができる.そしてこれらの1次演算子の固有ブラが基礎ブラであること,またこれらの1次演算子が實でオブザーバブルであること,およびこれらの1次演算子が互に交換し,また と交換することを示すことができる.基礎ブラは今度は互に交換するオブザーバブル の全部に對して同時の固有ブラとなっている.

 互に交換するオブザーバブルの完全な組というものを定義して,すべて互に交換し,固有値のどんな組をとってもそれに屬する同時の固有狀態はただ一つしかないようなオブザーバブルの組である,としよう.するとオブザーバブル は互に交換するオブザーバブルの完全な組を形づくっているわけである.というのは固有値に に屬する同時の固有ブラで獨立なものはただ一つしかない,つまりこれに相當する基礎ブラしかないからである.同じように考えて,方程式(1)とそれに續いて述べたこととで定義したオブザーバブル も,互換するオブザーバブルの完全な組を形づくっている.この定義の助けをかりに交ると,この節のおもな結果は次のように簡潔にまとめることができる:


  1. 直交する表示の基礎ブラは,互に交換するオブザーバブルの完全な組の同時の固有ブラである.
  2. 互に交換するオブザーバブルの完全な組を與えられると,基礎ブラ がこの完全な組の同時の固有ブラとなっているような直交する表示を作りあげることができる.
  3. 互に交換するオブザーバブルの組があれば,これに適當なオブザーバブルをつけ加えて互に交換する完全な組とすることができる.
  4. 直交する表示の基礎ブラに目印をつけるのに便利な一つの方法は,基礎ブラを同時の固有ブラとする互に交換するオブザーバブルの完全な組の固有値を用いることである.

 ある表示の基礎ブラに共役虛なベクトルを,この表示の基礎ケットとよぶ.從って基礎ブラを としるせば,基礎ケットは としるされることになる.あるブラ の代表はそれぞれの基礎ケットとのスカラー積つまり で與えられる.これはケットの代表と同じように數の組とみなしてもよいし,あるいは變數 の函數とみなしてもよい.ところで

が成りたっているが,これはあるブラの代表は,それに共役虛なケットの代表の共役複素數であることを示している.直交する表示では,基礎ブラが互に交換するオブザーバブル,たとえば の完全な組の同時の固有ブラになっているのであるから,基礎ケットは の同時の固有ケットであることになる.

 今まではまだベクトルの長さということを考えなかった.直交する表示については,基礎ベクトルの長さを任意のままにしておくよりは,それを規格化してその表示を一段と簡單なものにする方がむしろ當然のやり方である.しかし基礎ベクトルを規格化できるのは,その目印のパラメーターがすべてとびとびの値をとる時に限られる.これらのパラメーターの內のどれかがある領域內の値をすべてとれるような連續變數であれば,基礎ベクトルは何かあるオブザーバブルの連續領域の中の固有値に屬する固有ベクトルとなり,從って,§10の議論(52頁を見よ)により,無限大の長さを持っている.この時には基礎ベクトルに掛ける數因子を定めるためには何かほかの手續きが必要である.この問題を取り扱う便利な方法を得るためには新しい數學的な記號が必要であるが,それを次の節で述べることにする.

2016年4月10日日曜日

13.交換できる性質と兩立できる性質

13.交換できる性質と兩立できる性質

 ある狀態が同時に二つのオブザーバブルの固有狀態になっていることがある.この狀態がケット・ベクトル に對應し,二つのオブザーバブルが および であるとすれば,次の方程式が得られるはずである:

ここで および はそれぞれ および の固有値である.さてこうして次の式を導き出すことができる:

すなわち

この式を見てすぐ想像されるように,同時に二つのオブザーバブルの固有狀態になるものが存在する見込みが一番ありそうなのは, となって二つのオブザーバブルが交換するときである.二つのオブザーバブルが交換しない場合でも,同時に固有狀態となるものがあり得ないわけではないが,どちらかといえば例外である.他方,二つのオブザーバブルが交換すれば,同時に兩方の固有狀態となるものが,完全な組を作る數だけ存在する.これは次に證明する通りである.

  と とを二つの交換するオブザーバブルとする. の固有ケットで固有値 に屬するものをとり,たとえばこれを とする.そしてこれを の固有ケットを用いて(25)の右邊の形に展開する.すなわち

この式の右邊の の固有ケットには目印として が餘分に挿入してある.それはこれらのケットがある特別のケット・ベクトルつまり を展開して得られたものであって,方程式(25)のときのように一般のものの展開ではないことに注意をしておくためである.さてこれらの固有ケットはそれぞれまたの固有ケットで固有値に屬することを示すことができる.まず

ところがケットは

を滿足しているが,これはこのケットがの固有ケットで固有値に屬することを示している.また同じようにしてケットはの固有ケットで固有値に屬している.こうしてみると方程式(48)はの固有ケットの積分ブラス和を零に等しいと置いたものである.このような方程式は,方程式(31)について見てきたように,積分される函數および和の中のすベての項が零とならない限りは成立し得ない.それゆえ

從って(47)の右邊に現われるケットはすべての固有ケットでもありの固有ケットでもある.そうすると方程式(47)はをととの兩方同時の固有ケットで展開したものである.どんなケットでもの固有ケットを用いて展開できるのであるから,どんなケットでもととの兩方同時の固有ケットを用いて展開できるという結果になり,すなわちととの兩方同時の固有狀態は完全な組を作ることになるのである.

 上に述べたととの兩方同時の固有ケット,およびには,それらの屬する固有値および,またはおよび,を用いて目印がつけてあり,それにさらにおよびという目印がついている.これも場合によっては必要となるのである.これからさき一般に,兩方同時の固有ベクトルに對しては目印として固有値を用いるという方法をとることにするが,それは今まで一つのオブザーバブルの固有ベクトルについてとって來た方法とちょうど同じである.

 上の定理の逆は次のようになる.ととが二つのオブザーバブルで,それらの兩方同時の固有狀態が完全な組を形づくっているのであれば,ととは互に交換する.これを證明するためには,を固有値およびに屬する兩方同時の固有ケットとして

となることに注意する.兩方同時の固有狀態は完全な組を形づくっているのであるから,任意のケットは兩方同時の固有ケットを用いて展開することができるが,その固有ケットのそれぞれに對して(49)が成りたつ.それゆえ

從って

 同時の固有狀態という考えは二つ以上のオブザーバブルの場合にひろげることができ,上に述べた定理とその逆とはやはり成りたっている.すなわちなにかオブザーバブルの組があって,その中のオブザーバブルがそれぞれ他のすベてのオブザーバブルと互に交換するものであれば,これらのオブザーパブルの同時の固有狀態は完全な組を形づくる.またこの逆が成りたつ.二つのオブザーバブルについての證明に用いたのと同じ議論が一般の場合にもあてはまる.たとえば三つの互に交換するオブザーバブルがあれば,ととの兩方同時の固有狀態のどれでもそれをの固有ケットを用いて展開し,そしてこれらの固有ケットがまたおよびの固有ケットにもなっていることを示すことができる.このようにしてととの同時の固有ケットは,およびの同時の固有ケットを用いて展開できる.そしてどんなケットでもととの同時の固有ケットを用いて展開できるのであるから,それはまたおよびの同時の固有ケットを用いて展開できるのである.

 同時の固有ケットに直交性の定理を用いればわかるように,互に交換するオブザーバブルの組の同時の固有ベクトルを二つとるとき,それらの屬する固有値の組が互に少しでも違えば二つのベクトルは直交している.

 二つまたはそれ以上の互に交換するオブザーバブルの同時の固有狀態が完全な組を形づくっていることに基いて,§11に述べた一つのオブザーバブルの函數の理論と同様の方針に從いながら,二つまたはそれ以上のオブザーバブルの函數の理論を作りあげることができる.を互に交換するオブザーバブルとすると,それらの一般の函數とは

を滿足する1次演算子であると定義する.ただしはの固有値に屬する同時の固有ケットのどれかをとったものである.ここでは,のそれぞれにの固有値となるすべての値をとらせたときにが定義されていればどんな函數であってもよい.(34)で定義した一つのオブザーバブルの函數のときと同じようにして示せることであるが,は(50)によって完全に決定され,また(37)に相當して

となり,さらにまたが實函數であれば,は實であり,オブザーバブルである.

 さてこんどは話を進めて(45)および(46)の結果を一般化することができる.互に交換するオブザーバブルの一組が與えられたものとすれば,を實數としてのときに等しく,これらの條件のうち一つでも滿たされないときには零に等しいようなの函數を作ることができる.この函數をと書いてよい.實際これはをそれぞれ一つのオブザーバブルの函數として定義し,これらの因子をどんな順序でもよいから掛け合わせたものにほかならない.それは(50)の左邊ののところへこの積を代入して見ればわかる通りである.この函數を任意の狀態について平均した値は,がこの狀態でそれぞれという値をもつことの確率である.これをたとえばとしよう.從って,その狀態が規格化されたケット・ベクトルに相當するものであれば,物理的な解釋を下すために設けてきた一般の假定から

が得られる.數がそれぞれ相當するオブザーバブルの固有値となっていない限りはは零である.數の內のどれかが,それに對するオブザーバブルの固有値の連續した領域の中にある固有値の一つである場合にも,はふつうはやはり零となる.しかしこのときには,このオブザーバブルが正確にある一つの値をもつという要求をする代わりに,それがある小さい領域の中にある値をもつという要求をするのが當然である.ということは,(51)のの積の因子の一つを方程式(46)ので置きかえることを意味する.オブザーバブルに相當する數値が連續した固有値の領域の中にあるとき,のそれぞれに對して上のような置きかえを行えば,一般には零とならない確率が得られることになる.

 いくつかのオブザーバブルが互に交換すれば,62ページの始めの方で說明したような意味で,これらのオブザーバブルがすべて特定の値をもつような狀態すなわち同時の固有狀態が存在する.從って數個の互に交換するオブザーバブルが同一の時刻にそれぞれ値をもつということにははっきりした意味をつけることができる.さらに(51)からわかるように,どんな狀態に對しても數個の互に交換するオブザーバブルを同時に測定したときに特定の結果が得られることの確率というものに,はっきりした意味をつけることができる.この結論によって一つの重要な新しい事柄が明らかになる.一般には一定の狀態にある體系に對して観測を行うと,その狀態をかき亂し第2の觀測をしようという目的にはかなわぬものとしてしまう.こういう場合には,二つの觀測を同時に行うということには,まったく意味をつけることができない.しかしながら上に述べた理論によって次のことがわかる.二つのオブザーバブルが互に交換するという特別の場合には,それら二つを觀測することは互に干涉しない,言い換えれば兩立できるものと見なしてよく,從って二つの觀測を同時に行うことに意味をつけることができるし,またある特定の結果が得られる確率を論ずることもできる.こういう二つの觀測は實はただ一つの觀測であると見なし,ただふつうより込み入った型のものであって,その結果は一つの數ではなく二つの數によって表わされるものと考えておいてもよい.一般的な理論の立場からすれば,二つまたはそれ以上の互に交換するオブザーバブルはどんなものも,實はただ一つのオブザーバブルであると考え,ただそれを測定した結果が二つまたはそれ以上の數から成るものと見なしておいてよい.そしてこの測定をすれば確かにある特定の結果を生ずるような狀態が,それらのオブザーバブルの同時の固有狀態なのである.
 

2016年4月8日金曜日

12.一般の物理的な解釋

12.一般の物理的な解釋

 數學的な理論を物理的に解釋するために§10の最初に設けた假定は,どちらかといえば特別な種類のものである.というのはこれらの假定は固有狀態というものと結びつけなければ用いられないからである.そこで,固有狀態を問題にしてはいない場合にもなお數學的な理論から物理的な知識を引き出せるような,何かもっと一般的な假定が必要である.

 古典力學では,オブザーバブルは體系のどんな特殊な狀態に對してもいわばつねに‘ある一つの値を持っている’のである.量子力學でこのことに相當しているものは何であろうか?いまオブザーバブルおよび二つの狀態.ととをかってにとり,それらの狀態に相當するベクトルをおよびとすると,これらを用いてただの數を作ることができる.この數をあるオブザーバブルが古典論で‘持つ’ことのできる値と比べると,次の三つの理由からあまり似てはいない.すなわち i)これは體系の二つの狀態に關係している.ところが古典的な値はいつでも一つの狀態にしか關係していない. ii)これは一般には實數ではない.そして iii)これはオブザーバブルと狀態とだけからは一通りには定まらない.というのはベクトルととがかってな數因子を含んでいるからである.ととに對して規格化という條件をつけてみてものなかにはやはり絕對値の不定の因子がある.しかしながら,二つの狀態として同じものをとりをに對する共役虛のベクトルとすれば,これら三つの理由はあてはまらなくなる.この場合に得られる數すなわちは必ず實數であり,また,が規格化されていれば,一通りに定まってしまう.それは,を何か實數としてに數因子をかけるとすれば,にはを掛けねばならず,には變わりがないからである.

 こうなると,オブザーバブルは狀態に對して古典論のときとよく似た意味でという‘値を持つ’と假定してみたくなるかもしれない.しかしこれは次の理由から滿足なものではなかろう.第2のオブザーバブルをとってみると,それは上の假定によってこの同じ狀態に對しという値を持つはずである.ところで,古典論にならって考えると,この狀態に對して二つのオブザーバブルの和は,それらのオブザーバブルそれぞれの値の和に等しい値を持ち,また二つのオブザーバブルの積はそれらのオブザーパブルそれぞれの値の積に等しい値を待つと期待するのが當然であろう.實際,上の假定を試みると,二つのオブザーバブルの和としてはとなって,これは事實ととの和に等しい.けれども,積に對してはまたはとなって,これらはどちらもおよびとはどうしても簡單な關係で結びつけられないのである.

 しかし,事柄がうまく行かないのは積の場合だけであって,和の場合はよいのであるから,をオブザーバブルの狀態についての平均の値とよぶことは理くつに合うであろう.なぜならば,二つの量の和の平均はそれらの平均の和に等しくなければならないが,二つの量の積の平均はそれらの平均の積に等しくなくてもよいからである.そこで次の一般的な假定を設ける:に對應する狀能についてオブザーバブルの測定をたくさんの囘數にわたって行うと,得られたすべての結果の平均はとなる.ただしは規格化されているものとする.があるオブザーバブルの固有狀態で連續した領域の中の固有値に屬しているときには必ず起ることであるが,が規格化されていないという場合には,上の假定は,を測定した結果の平均はに比例するという假定になる.この一般の假定によって理論を一般に物理的に解釋する基礎が與えられるのである.

 あるオブザーバブルがある特定の狀態に對して‘ある特定の値を持つ’といういい方が量子力學で許されるのは,そのオブザーバブルを測定すれば確かにある特定の値が得られるという特別の場合,從ってその狀態がそのオブザーバブルの固有狀態であるという特別の場合である.代數を用いてたやすく確かめられるように,オブザーバブルが‘値を持つ’という意味をこのように制限しておくと,二つのオブザーバブルがある特定の狀態に對してそれぞれ値を持てば,これら二つのオブザーバブルの和は(もしこの和がオブザーバブルであれば1)二つのオブザーバブルが別別に持つ値の和に等しい値を持ち,二つのオブザーバブルの積は(もしこの積がオブザーバブルであれば2)それら二つのオブザーバブルが別別に持つ値の積に等しい値を持つのである.

 一般の場合には,あるオブザーバブルがある特定の狀態に對してある値を持つということはいえないけれども,そのオブザーバブルがその狀態に對してある平均の値を持つということはいえる.更に一步進んで,このオブザーバブルがその狀態に對してどれかある特定の値をもつ確率というものも考えられるのである.その意味はオブザーバブルの測定をしたときにその特定の値の得られる確率のことである.この確率は前の一般の假定から次のようにして求められる.

 そのオブザーバブルをとし,その狀態は規格化された固有ケットに對應しているものとしよう.すると一般の假定により,の平均の値がとなることだけでなく,のかってな函數をたとえばとすると,その平均値がとなることもわかっている.いまとして,のときに等しくそれ以外ではに等しいというの函數をとってみる.ただしは何かある實數である.前に述べたオブザーバブルの函數の一般の理論に從えばこのの函數は意味をもっており,83ページ(方程式(17))に述べる二つの添え字をもつ記號の一般的な書き方にならってと書き表わせる1).のこの函數の平均の値は,がという値をもつ確率にほかならない.これをたとえばとしよう.すなわち,

 がの固有値でなければ,をの固有ケットのどれに掛けても零となる.從ってでありとなる.これは§10で結論したこと,つまりあるオブザーバブルの測定をした結果はどれもそのオブザーバブルの固有値の一つでなければならないということと一致する.

 の測定の結果として可能な値が連續した數の領域を形づくっているときには,が正確にある特定の値をもつという確率は實際上の問題ではたいてい零となる.この場合物理的に重要な量は,が,小さい領域の中の値たとえばととの間の値をとることの確率である.この確率をとよぶことにするが,それは,がとの間の領域にあれば,それ以外ではとなるようなの函數の平均の値に等しい.オブザーバブルの函數について前に述べてきた一般の理論に從えば,このの函數は意味をもっている.これをとしるせば

となる.からまでの領域がの固有値を一つも含まなければ,前と同様にとなりである.が規格化されていないときでも(45)と(46)との右邊はやはりがそれぞれという値またはからまでの連續した領域の間にある値をとる確率に比例している.

 §10での假定,すなわち,體系がの固有値に屬する固有狀態にあるとき,を測定した結果は確實にを與えるということは,物理的解釋のための一般の假定と矛盾するものではなく,實際この一般假定から導き出されるものである.一般の假定から出發してわかることであるが,がの固有ケットで固有値に屬するならば,の固有値がとびとびの數である場合には,

であり,の固有値が連續した領域になっている場合には

である.どちらの場合にも,に相當する狀態に對しては,が以外の値をとる確率はすべて零である.

 の固有値が連續した領域のなかにあるとき,これに屬する固有狀態は,實際には嚴密に實現できるものではない.というのはを正確にに等しくとるには無限に大きな精度を必要とするからである.實際上實現できるのはせいぜいがという値のそばの狹い領域內にあるようにすることである.このとき體系はの固有狀態に非常に近い狀態にあることになる.こういうわけで連續した領域の中にある固有値に屬する固有狀態というのは,實際に達することのできる狀態を數學的に理想化していったものである.それでもとにかく,このような固有狀態は理論の中できわめて有用な役割を演じていて,これらの固有狀態なしにはうまく行かないということに變わりはない.科學にはたくさん例のあることであるが,理論的な槪念が實際に起る事柄の極限になっていて,實驗でこれを實現することはできないが,自然の法則を正確に定式化するのに役立つ場合がある.そしていまの場合もまたちょうどそういう一つの新しい例になる.これらの固有狀態に相當するケット・ベクトルの長さが無限大であるということは,これらの狀態が實現できないということに關係があるといってよかろう.そしてまた實現される狀態に對應するケット・ベクトルはすべて規格化ができてヒルベルト空間を作るといってよかろう.


  1. この和がオブザーバブルであるとすぐにはいえない.というのはこの和のもつ固有狀態は完全な組を作るには充分でないかも知れないからである.その場合にはこの和を單一の量と考えたのでは測定不可能となる. ↩
  2. この場合には固有狀態が完全な組を作るという條件のほかに,オブザーバブルが實であるという條件もやぶれることがある. ↩

2016年3月27日日曜日

11.オブザーバブルの函數

11.オブザーバブルの函數

  をあるオブザーバブルとする.これにかってな實數 を掛けると別のオブザーバブル が得られる.われわれの理論の內部に矛盾を含まないためには,オブザーバブル を測定すれば確實に という結果を生ずるような狀態に一つの體系があるときに,オブザーバブル を測定すれば確實に という結果を生ずることが必要であるが,この條件が滿たされることはたやすく確かめられる. の測定をすると確實に という結果が得られるような狀態に對應するケットは, の固有ケットであって,これを とすれば,

を滿足しているものである.この方程式から

が導かれるが,これは が の固有値 に屬する固有ケットであることを示しており,從ってまた を測定すれば確實に という結果が得られることを示している.

 もっと一般的にいうと, の任意の實函數をとり,それをたとえば とする.そしてこれは が測定されるたびに自動的に測定されるような新しいオブザーバブルであると考えてよい.というのは の値を實驗的に決定すればそれで の値も與えられるからである.さらに が實であるという制限は不必要なのであって,實でない場合にはこの函數の實數部分と純虛數部分とが二つのオブザーバブルであり,それらは を測定すれば自動的に測定される.理論が矛盾を含まないためには, を測定すれば確實に という結果を與えるような狀態に體系がある時は, の實數部分および純虛數部分を測定すればその結果は確實に の實數部分および純虛數部分となることが必要である. が, をただの數として,べき級數

で表わせる場合には,この條件はやはり初等代數を用いて確かめることができる.もっと一般の函數 の場合にこの條件を確かめるのは不可能なこともあろう.その時にはこの條件を の定義として用いればよい. の數學的な定義はまだ下してなかったからである.このようなやり方で,べき級數で與えられるものよりもっと一般的なオブザーバブルの函數を定義することができる.

 一般に の定義としては, の固有ケット のすべてに對して

を滿足するような1次演算子とする.ただし は固有値 のそれぞれに對して一つの數を表わしている.たやすくわかるようにこの定義は,それを獨立でない固有ケット に應用した場合にも,內部に矛盾を含まない.いまある固有ケット が の別な固有ケットのいくつかに從屬しているとすれば,これらの別の固有ケットはすべて同一の固有値 に屬するものでなければならない.もし違うとすれば(31)と同じ型の方程式が得られることになるが,これはすでに見た通り不可能なものである.そこで を の別の固有ケットの1次結合で表わした式に左から をかけると,それはその式の各項にただの數 を掛けたことにすぎないから,明らかに矛盾のない方程式が得られる.さらに方程式(34)は1次演算子 を完全に定義するのに充分である.それは を任意のケット に掛けた結果を得るには を(25)の右邊の形に展開して

をとればよいからである.

  の共役複素量 は(34)に共役虛な方程式で定義される.つまりどの固有ブラに對しても,

が成りたつものとする.ただし は の共役複素な函數である.この方程式の の代わりに と置きそれに右から任意のケット を掛けてみよう.すると に對する展開(25)を用て,

が得られる.ただし,ここで直交性の定理の助けをかりた.また は, が(25)の和の中に現われる項に關係した固有値の一つになっていなければ,零であるものと了解しておく.次に(35)の の代わりにその共役複素函數 を置いて左から を掛けると1)

が得られる.この式の右邊は積分される函數が では零となるから,(36)の右邊に等しく2),從って

これはどの固有ブラ をとっても,またどんなケット をとっても成りたつのであるから

すなわち1次演算子 の共役複素量は の函數 である3).

 これからすぐに出る系として, が の實函數であれば は實の1次演算子である.このとき はまたオブザーバブルでもある.それは, の固有狀態が の固有狀態ともなっているので, の固有狀態が完全系を作っているからである.

 上にしるした定義を用いると,あるオブザーバブルのどんな函數 をとっても,實變數の函數 の存在領域がそのオブザーバブルのすべての固有値を含んでいさえすれば,それに意味をもたせることができる.存在領域がこれらの固有値のほかにそれらとは異なる點をも含んでいれば,これらの異なる點に對する の値はオブザーバブルの函數には影響しない.この函數は解析函數あるいは連續函數である必要はない.あるオブザーバブルの函數 の固有値は,オブザーバブルの固有値の函數 にほかならない.

 たいせつな注意としては,あるオブザーバブルの函數 を定義できるためには, としてオブザーバブルの固有値のそれぞれをとるとき,それに應じて數 がただ一通りに定まって存在することが必要である.從って函數 は1價でなければならない.このことを實例で說明するために次の問を考えてみよう.オブザーバブル の實函數であるオブザーバブル があるとき,オブザーバブル はオブザーバブル の函數であるか?  の固有値 が異なればいつでも の値が異なっているときには,この問に對してその通りと答えられる.しかし の異なる二つの固有値,たとえば に對して となることがある場合には,オブザーバブル の固有値 に對應してオブザーバブル の固有値は一通りには定まらず,從ってオブザーバブル はオブザーバブル の函數とはならない.

 定義から數學的にたやすく確かめられるように,あるオブザーバブルの函數二つの和あるいは積はそのオブザーバブルの函數であり,あるオブザーバブルの函數の函數はそのオブザーバブルの函數である.またたやすくわかるように,オブザーバブルの函數の理論全體はブラとケットとについて對稱であり,方程式(34)をもとにする代わりに

という方程式をもとにしても同じように議論ができるはずである.

 この節を終えるに當たって,實際上きわめてたいせつな二つの例について論じておこう.それはすなわち逆と平方根とである.あるオブザーバブルが零という固有値をもっていなければそのオブザーバブルの逆が存在する.オブザーバブル が零という固有値をもっていなければ,その逆のオブザーバブルを あるいは とよぶことにすると,これは

を滿足するであろう.ここで は の固有ケットで、固有値 に屬するものである.ゆえに

これがどの固有ケット に對しても成りたつのであるから

でなければならない.同様にして

これらの方程式のうちのどちらでも, が固有値零をもたないという條件さえあれば, を完全に決定するのに充分である.(40)の場合についてこれを證明するには,方程式

を滿足するかってな1次演算子を とし,この式の兩邊に左から(39)で定義される を掛ける.その結果は

となり,從って(41)から

 方程式(40)と(41)とは,一般の1次演算子 の逆が存在する時にそれを定義するのに用いることができる. は實であることさえ必要としない.その一般の場合にはこれらの方程式の一方だけでは必ずしも充分とは限らない4).かってな二つの1次演算子 と とが逆をもてば,それらの積 の逆は

である.これはそれぞれの因子の逆をとって順序をさかさまにしたものである.(42)が正しいことは,その右邊に右からでも左からでも を掛けて見ると1になることからわかる.積の逆についてのこの法則は直ちに二つ以上の因子の場合にひろげることができる.すなわち

 あるオブザーバブル の平方根はいつでも存在し, に負の固有値がなければそれは實である.これを または と書く. を の固有ケットで固有値 に屬するものとすれば,それは

を滿足する.ゆえに

となり,これがどの固有ケットに對しても成りたつのであるから

でなければならない.

 (43)の符號に不定さがあるので,いくつかの平方根が存在することになる.それらの中から一つをきめるには,固有値のそれぞれに對して(43)の符號を特別に指定してやる必要がある.この符號はそれぞれの固有値に對し次次と不規則な變わり方をしてもよい.それでも(43)で定義される1次演算子 はいつでも(44)を滿足し,從って の平方根函數となっている. の固有値に二つまたはそれ以上の獨立な固有ケットが屬しているものがあれば,われわれの用いた函數の定義に從って,これらの固有ケットのどれに對しても(43)で同じ符號をとるものとしなければならない.しかしながらそれらに對して異なった符號を用いたとしても方程式(44)はやはり成りたつはずである.從って方程式(44)それだけでは を定義するのには不充分である.もっとも, のどの固有値に對しても獨立な固有ケットがただ一つだけしかないという特別の場合は別である.

 あるオブザーバブルの異なる平方根の數は ある.ここに は零でない固有値の總數である.實際上は平方根函數は負の固有値のないオブザーバブルに對してのみ用いられ,特に役にたつ平方根は(43)で符號をいつも正にとったものである.この平方根のことを正の平方根とよぶことにする.

2016年3月7日月曜日

10.オブザーバブル

10.オブザーバブル

 いままでたくさんの假定を設けて,量子論では狀態と力學變數とを數學的にどのように表わせばよいかを定めて來た.これらの假定はそれだけとったのでは自然の法則ではないけれども,さらにいくつかの假定を設けて理論に物理的解釋を與えてやれば,自然の法則となるのである.さらに假定をつけ加えるといったが,それは觀測の結果と數學的形式の方程式との兩者の間にはっきりとした關係をうち立てるような形のものでなければならない.

 われわれが觀測を行なうときには,何か力學變數を測定するのである.このような測定の結果がいつでも實數でなければならないことは物理的に明らかであるから,測定できる力學變數はどれも當然實の力學變數であると考えられる.實數の部分と純虛數の部分とを別々に測定すれば,複素力學變數の測定ができるではないかと思うかも知れないが,これでは二つの測定あるいは二つの觀測を含むことになる.それは古典力學であればさしつかえなかろうが量子力學ではそうはゆかない,量子力學では一般に二つの觀測が互に干涉する──一般には二つの觀測が嚴密に同じ時刻に行なえると考えることは許されないし,またもし二つの觀測をすばやく續けて行なったならば,通常第1の觀測は體系の狀態をかき亂して不定さを生じ,第2の觀測に影響を及ぼすことになる.それゆえにわれわれの測定できる力學變敷というのは實のものに限らねばならないが,そのための條件は量子力學の場合には§8で述べた通りである.しかしまた,實の力學變數ならばなんでも測定できるというわけではない.それにはさらにもう一つの制限が必要なのであるが,そのことはのちにわかる.

 さて理論を物理的に解釋するため假定をいくつか設ける.力學系が實の力學變數の固有狀態で固有値に屬する狀態にあれば,を測定するとその結果は確實にという數が得られる.逆に,實の力學變數を測定すると(一般にはいくつかの結果が可能であって,確率の法則に從ってその內のどれかが得られるのであるが,いまはそうではなくて)確實にある特定の結果が得られるような狀態に體系があれば,この狀態はの固有狀態であり,その測定の結果はこの固有狀態が屬しているの固有値になる.實の1次演算子の固有値は常に實數であるから,これらの假定は無理なものではない.

 いまの假定から直接出てくる結論をすこし書いておくことにする.實の力學變數の同じ固有値に屬する固有狀態が二つまたはそれ以上あれば,それらを重ね合わせて作った狀態はどれもやはりの固有狀態で固有値に屬するものとなる.それから考えて,二つ又はそれ以上の狀態に對しての測定をすると確かにという結果の得られるときには,それらを重ね合わせてどんな狀態を作っても,それらに對しての測定をすればやはり確かにという結果が得られるであろうと結論される.このことから狀態の重ね合わせの物理的な意味について多少うかがい知ることができる.また,の異なる固有値に屬する二つの固有狀態は直交している.それから考えると,二つの狀態に對してを測定すると確かに二つの異なる結果を生ずる場合には,これら二つの狀態は直交していると結論される.このことから直交する狀態の物理的な意味について多少うかがい知ることができる.

 實の力學變數を測定するときには,測定という動作のうちに力學系をかき亂すことが含まれているから,そのために體系の狀態は急に變わる.物理現象のもつ連續の性質1)から考えて,第1の測定のすぐあとで同じ力學變數をもう1度測定すれば,第2の測定の結果は第1の測定の結果と同じであるに違いない.こういうわけで第1の測定の行われたのちには,第2の測定の結果には少しの不定さもない.ゆえに第1の測定の行われたのちには,その體系は力學變數の固有狀態にあって,その屬する固有値は第1の測定の結果に等しいのである.この結論は第2の測定が實際に行われなくても,やはり成りたっているはずである.こうして見ると,測定をすればいつでもその測定した力學變數の固有狀態へ體系を飛び移らせることになる.ただしその固有狀態の屬する固有値は測定の結果に等しいものである.

 このことから考えて,どんな狀態にある力學系についても,實の力學變數を測定して得られる結果はどれも固有値の中の一つであると結論される.逆に,固有値はどれでも,その體系の何かある狀態について力學變數の測定をするときに,結果として得られる可能性のあるものである.というのは,もしその狀態がこの固有値に屬する固有狀態であれば,測定の結果は確かにその固有値となるからである.これで固有値の物理的意義が明らかになる.實の力學變數の固有値の集まりは,その力學變數を測定したときに得られる可能性のある結果にほかならず,固有値の計算はこの理由からたいせつな問題である.

 理論を物理的に解釋することと關連してわれわれの設けるもう一つの假定は次のものである.ある特定の狀態にある體系についてある實の力學變數を測定すれば,その結果體系はいろいろな狀態へ飛び移るわけであるが,そのいろいろな狀態というのは.もとの狀態がそれらと從屬の關係にあるものである.ところで體系が飛び移れるこれらの狀態はすべての固有狀態であり,從ってもとの狀態はの固有狀態に從屬しているわけである.しかしもとの狀態としてはどんな狀態をとってもよいから,どんな狀態でものいろいろな固有狀態に從屬していると結論できる.狀態の完全な組というものを定義して,どんな狀態をとってもその組のなかの狀態に從屬しているものとすれば,われわれの結論は次の形にまとめられる──の固有狀態は完全な組を形作る.

 實の力學變數ならばどれでも完全な組を作るに足りるだけの固有狀態をもっているというわけではない.固有狀態が完全な組を作らぬようなものは測定できる量ではないのである.こういう點から,力學變數が測定にかかるための條件として,それらが實でなければならないということのほかに,さらにもう一つの條件が得られた.實の力學變數でその固有狀態が完全な組を形作っているものオブザーバブルとよぶ.從って測定できる量ならばそれはオブザーバブルである.

 そこで次のような疑問が起る.オブザーバブルであればすべて測定ができるのか?答は理論的にはその通りである.實際問題としては,ある特定のオブザーブルを測定できるような裝置をくふうするのはやっかいきわまること,いやおそらく巧みな實驗家でも力の及ばぬことかも知れない.しかし理論の上ではいつでもその測定を行うことができるものと想像してよい.

 さて次に實の力學變數 がオブザーバブルであるための條件を數學的に調べて見よう.の固有値は(有限個あるいは無限個の)とびとびの數の組から成りたっていることもあり,あるいはもう一つの場合として,たとえばととの間にあるすべての數というふうに,一定の領域內にあるすベての數から成りたっていることもある.さきの方の場合には,どんな狀態をとってもの固有狀態に從屬しているという條件は,どんなケットをとってもの固有ケットの和として表わせるという條件になる.あとの場合には.この條件は修正する必要がある.それは和をとる代わりに積分をすることもあるからである.つまり,あるケットはの固有ケットについての積分

で表わされることもある.というのは,この形のケットは確かにの固有ケットに從屬しているからである.ただしこの式ではの固有値に屬する固有ケットであり,積分の領域は固有値の領域である.もっとも,の固有ケットに從屬しているケットがすべて(24)の右邊の形で表わせるというわけではない.固有ケットのうちの一つをとるとそれ自身はこの形には表わせないし,もっと一般に固有ケットの和はどれもこの形には表わせないからである.こういうわけでの固有狀態が完全な組を作るという條件は次のような形式にいい表わす必要がある.どんなケットをとってもの固有ケットの積分プラス和として表わすことができる,つまり

ここで,はすべての固有ケットであるが,およびという目印は固有値ととが等しい場合に固有ケットを區別するために書き入れたものである.また積分は固有値の領域全體にわたり,和はそれらからどう選び出した固有値についてもとれるものとする.の固有値が一定の領域のなかの數のすべてから成りたっている場合にこの條件が滿足されれば,はオブザーバブルである2).

 實際にときどき起ることで,これよりもっと一般の場合もある.それはの固有値が一定の領域のなかの數すべてとその領域の外にあるとびとびの數の組と合わせたものから成る場合である.この場合にはがオブザーバブルであるための條件は,やはり前と同じくどんなケットをとっても(25)の右邊の形に表わされることであるが,ただし今度はについての和はとびとびの固有値の組と領域內の固有値の中からとったものとについての和になる.

 ある特定の實の力學變數が,オブザーバブルであることの條件をみたしているかどうかを數學的にきめることは,非常にむつかしい場合が多い.なぜかといえば,固有値と固有ベクトルとを見つけるという問題全體が一般に非常にむつかしいからである.しかし實驗的な根據からいま考える力學變數が測定できると信じてもまずよい場合があり,このときは數學的證明はなくてもその力學變數はオブザーバブルであると假定しても無理はない.これはいまから理論を展開してゆく間にしばしば行なうことである.たとえば力學系のエネルギーはいつでもオブザーバブルであると假定することにする.實は簡單な場合を除いては,エネルギーがオブザーバブルであることを證明するのは現在の數學解析の力ではできないことなのであるけれども.

 實の力學變數がただの數であるような特別の場合には,すべての狀態が固有狀態であり,力學變數は明らかにオブザーバブルである.この力學變數を測定すればいつでも同じ結果が得られる.それゆえこれは電子の電荷のような物理定數にほかならない.こういうわけで量子力學では物理定數はただ一つの固有値をもつオブザーバブルと見なしてもよいし,または方程式のなかに現われる單なる數と見なしてもよい.この二つの立場は同じことである.

 もし實の力學變數がある代數方程式を滿足すれば,前の節の結果によって力學變數がオブザーバブルであることがわかる.このようなオブザーバブルは有限個の固有値をもっている.逆に,有限個の固有値をもつオブザーバブルならばある代數方程式を滿足する.というのは,もしオブザーバブルが固有値として をもてば,

はをの任意の固有ケットとするときに成りたち,從ってまたどんなをとってきても成りたつ.なぜならばがオブザーバブルなので任意のケットはの固有ケットの和で表わされるからである.ゆえに

 一例として1次演算子を考えて見よう.ただしは規格化されたケットである.この1次演算子は(7)により實でありその平方は,であるから,

である.つまりこの演算子は平方すれば自分自身に等しくなり,從ってこの演算子は一つの代數方程式を滿足するから,オブザーバブルである.その固有値はととであり,が固有値に屬する固有ケット,に直交するすべてのケットが固有値に屬する固有ケットである.こういうわけでこのオブザーバブルは,力學系がという狀態にあるかないかをきめる量であるといえよう.

 この節を終える前に(24)の中に現われるような積分が意味をもつための條件を吟味しておくのがよかろう.いまととを,オブザーバブルの固有ケットの積分として表わされる二つのケットとする:

ただしととはこれら二つの積分される函數を區別する目印として用いられている.すると第1の方程式に共役虛な式をとり,それに第2の方程式を掛ければ

が得られる.さてそこで

という1重積分を考える.直交性の定理から,この式の中の積分される函數は という1點を除いては積分の領域全鱧にわたって零でなければならない.積分される函數がこの1點で有限であれば(29)の積分は零となり,このことがすべてのについて成りたてば(28)により が零となるわけである.ところが一般にはは零とはならないから,一般にはは無限大であってしかも(29)を零とせず有限にする程度のものに違いない.そのためにはどういう形の無限大が必要かという點は§15で論ずることにする.

 いままで述べて來た所では,ブラ・ベクトルおよびケット・ベクトルの長さは有限であり,そのスカラー積も有限であると暗默の內に假定していた.ところがこうして見ると,固有値が連續な領域を形作っているようなオブザーバブルの固有ベクトルを取り扱うときには,この條件をゆるめる必要がある.もしこの條件をゆるめないとすれば固有値が連續な領域をつくっているという現象は起り得ないことになり,われわれの理論は實際上のたいていの問題に對してあまりにも無力なものとなってしまう.

 上の議論でととれば,一般にはは無限に大きいという結果が得られる.無限の長さのベクトルについては§6の(8)に相當する公理として,もしであれば,

を假定することにする.

 ブラおよびケット・ベクトルとして,有限の長さをもち有限のスカラー積をもつものだけをとったときに,これらのべクトルの空間を數學者はヒルべルト空間と呼んでいる.いまわれわれの用いるブラおよびケット・ベクトルはヒルベルト空間よりももっと一般の空間を作っているわけである.

 さて次に一つのケットを(25)の右邊の形に展開する仕方はただ一通りにきまってしまうことがわかる.ただし和の中には同一の固有値に關係する項は二つまたはそれ以上はないことを條件とする.この結果を證明するために,を二つの異なる仕方で展開できたと想像してみよう.するとそれらの一方から他方を引き去って次の形の方程式が得られる:

ただしととは新しく固有ベクトルの目印として用いたものであり,についての和は一方の展開の和を他方の展開の和から引き去ったのちに殘るすべての項を含んでいる.さてもし(31)の和の中に連續な領域のうちにない固有値に關係した項があれば,(31)に左からを掛け直交性の定理を用いて

が得られるが,これは§6の(8)に矛盾する.次に,もしも(31)の積分される函數が,和の中に現われるどのとも等しくないある固有値に對して零にならないとすれば,(31)に左からを掛け直交性の定理を用いて

が得られるが,これは(30)に矛盾する.最後に,(31)の和のなかに連續な領域の內の固有値に關係した項があれば,(31)に左からを掛けて

が得られ,また(31)に左からを掛けて

が得られる.ところで(33)のなかの積分は有限であるので,も有限であり,そこで も有限である.すると(32)のなかの積分は零でなければならず,從っても零となり,やはり矛盾を生ずる.こういう次第で(31)の各項は零でなければならず,ケットを(25)の右邊の形に展開する仕方は必ず一通りにきまってしまうのである.

2016年1月30日土曜日

9.固有値と固有ベクトル

9.固有値と固有ベクトル

 ここで1次演算子の理論をさらに發展させる必要があるが,その要點は次の方程式を硏究することである:

ただしは1次演算子,はただの數である.この方程式は普通次の形で現われる.はすでにわかっている1次演算子であり,數とケットとがわからない量であって,(10)を滿足するようにそれらを選ぼうとするのである.ただしという解はわかりきっているから問題にしない.

 方程式(10)の意味は,1次演算子をケットに施すと,それはちょうど,このケットにある數因子が掛かったことになって,その方向は變わらないか,さもなければ因子零が掛かったことになり,從って方向をもたなくなってしまうということである.この同じ演算子をほかのケットに施せば,いうまでもなく,一般にそのケットの長さと方向とはどちらも變化する.方程式(10)でたいせつなのはの方向だけであるということに注意してほしい.零以外のどんな數をに掛けても,方程式(10)を滿足するかせぬかという問題には影響しない.

 方程式(10)とともに,共役虛の形の方程式

もあわせて考えるのが當然である.ただしはただの數である.この方程式でわからない量は,數と,零ではないブラとである.方程式(10)と(11)とは理論の中できわめて基本的な重要さを持ったものであるから,それに含まれているいろいろな量の間の關係を言い表わすのに特別なことばがあった方がよい.そこで,(10)が滿足されていれば,のことを1次演算子あるいはそれに對應する力學變數の固有値1とよぶことにし,のことを1次演算子あるいは力學變數の固有ケットとよぶことにする.さらに固有ケットは固有値に屬するということにする.同様に(11)が滿足されていれば,のことをの固有値とよび,のことをこの固有値に屬する固有ブラとよぶことにする.固有値,固有ケット,固有ブラというようなことばは,いうまでもなく,1次演算子あるいは力學變數と關連してはじめて意味を持つのである.

 これらの術語を用いると,の固有ケットに零でないかってな數を掛ければ,その結果得られるケットはやはり一つの固有ケットであって,もとの固有ケットと同じ固有値に屬している,という主張ができる.ある1次演算子の獨立な固有ケットの二つまたはそれ以上のものが,その1次演算子の同じ一つの固有値に屬していることもある.たとえば方程式(10)になどのいくつかの解があって,そのいずれもがという同じ値に對して成りたっており,しかもいろいろな固有ケットが獨立であるような場合である.この場合には明らかに,固有ケットの1次結合はどんなものも,やはりその1次演算子の同じ固有値に屬する固有ケットになっている.たとえばをかってな數として,

はやはりまた(10)の解である.

 特別の場合として,方程式(10)および(11)で1次演算子がただの數,たとえば,であるときには,ととがに等しいかぎり,どんなケットでもブラでも明らかにこれらの方程式を滿足する.從って,ただの數を1次演算子と考えればそれはただ一つの固有値をもち,どんなケットも固有ケットであり,どんなブラも固有ブラであって,この固有値に屬している.

 實でない1次演算子の固有値および固有ベクトルの理論は量子力學にはあまり用がない.それゆえこれからさき理論を進めてゆく上では實の1次演算子に話を限ることにする.として實の1次演算子を置けば,方程式(10)と(11)との代わりに

が得られる.これからすぐに次の三つのたいせつな結果が導き出される:

 (i) 固有値はすべて實數である.(12)を滿たすが實數であることを證明するために,(12)にブラを左から掛けると

が得られる.ところが方程式(4)での代わりにとし,の代わりに實の1次演算子とするとわかるようには實數でなければならず,また§6の(8)からわかるようには實數で零と異なるものでなければならぬ.ゆえには實數である.同樣に(13)に右からを掛けるとが實數であることが證明される.

 (12)の解が得られたものとしてその共役虛の方程式を作って見ると,ととが實であるから,

となるはずである.そこでこの共役虛の方程式は,およびという(13)の解を與えている.このことから考えて次のように結論できる.

 (ii) 固有ケットに伴なう固有値はすべて,固有ブラに伴なう固有値と同じである.

 (iii) どんな固有ケットでもそれに共役虛なベクトルをとれば,それは同じ固有値に屬する固有ブラになっている.またその逆も成りたつ.この最後の結果があるので,ある狀態が固有ケットあるいはそれに共役虛な固有ブラに對應していれば,それをその實の力學變數の固有狀態とよぶのが合理的である.

 いろいろな實の力學變數の固有値と固有ベクトルとは量子力學で非常に廣く用いられるから,それらに目印をつける何か系統的な記號が欲しいのであるが,以下に述べる記號で大槪の目的にはかなっている.が實の力學變數であれば,その固有値をなどとよぶ.從って文字それ自身は實の力學變數あるいは實の1次演算子を示し,同じ文字にブライムあるいは添え字をつけたものはただの數,つまりその文字自身の示す演算子の固有値,を示すものとするのである.そうすれば固有ベクトルにはその屬する固有値を用いて目印をつければよい.從ってつまりと書けばそれは力學變數の固有値に屬する固有ケットを示している.取り扱う問題によっては,ある力學變數の同じ固有値に屬する固有ケットが一つ以上出てくることがあるが,それらを互に區別するためにはさらに目印をもう一つ,場合によってはそれ以上つければよい.つまり同じ固有値に屬する二つの固有ケットを取り扱っているときには,それらをおよびと呼べばよいのである.

 定理.ある實の力學變數の異なる固有値に屬する二つの固有ベクトルは直交している.

 この定理を證明するために,をそれぞれ實の力學變數の二つの固有値およびに屬する固有ケットとする.そうすると次の方程式が成りたつ:

(14)の共役虛の式をとると,

が得られる.これに右からを掛けると,

となり,(15)に左からを掛けると,

となる.ゆえに,これらを差し引いて

これは,であれば,となって二つの固有ベクトルととは直交していることを示している.これからあとでこの定理を引用するときは直交性の定理ということにする.

 これまで實の1次演算子の固有値と固有ベクトルとの性質を論じて來たが,與えられた實の1次演算子に對して固有値および固有函數というものが存在するかどうか,また存在すると、すればどうやってそれらを見つけるか,という問題はまだ考えていなかった.この問題は一般には非常にむつかしい.けれどもうまく解くことのできる特別な場合が一つあってそれがなかなか役にたつ.というのは實の1次演算子をたとえばとすると,が代數方程式

を滿足する場合である.ここで係數はただの數である.この方程式の意味は,いうまでもなく,演算子をどんなケット・ベクトルあるいはブラ・ベクトルに施しても零という結果が生ずるということである.

 (17)がの滿足する最も簡單な代數方程式であるものとしよう.すると次のことがわかる:

 () の固有値の個數はである.

 () の固有ケットがある個數存在し,どんなかってなケットをとってもそれらの固有ケットの和として表わすことができる.

 代數式は個の1次因子に分解できてその結果は,たとえば,

となる.ここでcはただの數であるが,すべてのcが互に異なるということは別に假定していない.この因數分解はが1次演算子であっても,が普通の代數の變數である場合と全く同樣に實行することができる.それは(18)の中にはと交換しないものは何も現われてこないからである.をで割ったときの商をとする.從って

すると,どんなケットに對しても

ところでがすべてのケットに對して零であるということはあり得ない.もしそういうことがあれば,自身が零となることになり,從ってが次の代數方程式を滿足することになって,(17)がの滿足する最も簡單な方程式であるとした假定と矛盾することになるからである.が零とならないようにを選べば,方程式(19)はがの固有ケットで固有値に屬していることを示している.この議論はの値のからまでのどれにもあてはまる.ゆえにのそれぞれがの固有値である.これ以外の數がの固有値となることはあり得ない.というのは,がある固有値で固有ケットに屬するものとすれば

となるので,

が導かれ,左邊は零であるからでなければならないからである.

 ()を完全に證明するためには,これらのがみな互に異なることを確かめなければならない.いま假にのすべてが異なる數というのではなく,たとえばとして,が囘現われるものと假定してみよう.この時は

という形をとる.ただしはの有理整函數である.すると方程式(17)から,どんなケットに對しても

はの固有値であるから實數でなければならず,從っては實の1次演算子である.そこで方程式(20)は方程式(8)と同じ形であっての代わりにと置きの代わりにと置いたものである.方程式(8)についての定理から考えて

となることが結論できる.ケットは全くかってに取れるのであるから

となるが,これは(17)がの滿足する最も簡單な方程式であるという假定に矛盾する.ゆえにすベてのは互に異なることになって()が證明された.

 代數式のの代わりにを入れたときに得られる数をとする.すべてのは互に異なるのであるから,が零となることはあり得ない.そこで,

という式を考えて見る.この式での代わりにを代入すると,その和の中の項は,の項一つを除いてすベて零となってしまう.それは,のときはの中にはという因子が含まれているからである.そして,の項は1になるのであるからこの式は全體としては零となってしまう.こういうわけで(21)式はを個の數のどれかに等しいと置けば零になる.ところがこの式はについて次にすぎないから,これは恒等的に零でなければならない1).そこでこの1次演算子(21)をかってなケットに施して結果を零に等しいとおくと,

が得られる.ここで右邊の和の中の各項は,もし零とならなければ,(19)によりの固有ケットである.方程式(22)は從って任意のケットをの固有ケットの和として表わしたものである.こうして()が證明された.

 簡單な例として

という方程式を滿足する實の1次演算子を考えてみよう.この時は二つの固有値ととをもっている.任意のケットは

と表わすことができる.たやすく確かめられるように,この式の右邊の二つの項は,それが零にならない場合には,の固有ケットでそれぞれ固有値およびに屬するものである.


  1. ‘eigen’(固有)という代わりに‘proper,ということばが用いれることもあるが,これは感心しない.‘Proper’および‘improper,ということばが別の意味で用いられることが多いからである.たとえば§15および§46では‘improper function’(廣い意昧での函數)および‘proper energy’(本来のエネルギー)ということばが用いられている. ↩