13.交換できる性質と兩立できる性質
ある狀態が同時に二つのオブザーバブルの固有狀態になっていることがある.この狀態がケット・ベクトル に對應し,二つのオブザーバブルが および であるとすれば,次の方程式が得られるはずである:
ここで および はそれぞれ および の固有値である.さてこうして次の式を導き出すことができる:
すなわち
この式を見てすぐ想像されるように,同時に二つのオブザーバブルの固有狀態になるものが存在する見込みが一番ありそうなのは, となって二つのオブザーバブルが交換するときである.二つのオブザーバブルが交換しない場合でも,同時に固有狀態となるものがあり得ないわけではないが,どちらかといえば例外である.他方,二つのオブザーバブルが交換すれば,同時に兩方の固有狀態となるものが,完全な組を作る數だけ存在する.これは次に證明する通りである.
と とを二つの交換するオブザーバブルとする. の固有ケットで固有値 に屬するものをとり,たとえばこれを とする.そしてこれを の固有ケットを用いて(25)の右邊の形に展開する.すなわち
この式の右邊の の固有ケットには目印として が餘分に挿入してある.それはこれらのケットがある特別のケット・ベクトルつまり を展開して得られたものであって,方程式(25)のときのように一般のものの展開ではないことに注意をしておくためである.さてこれらの固有ケットはそれぞれまたの固有ケットで固有値に屬することを示すことができる.まず
ところがケットは
を滿足しているが,これはこのケットがの固有ケットで固有値に屬することを示している.また同じようにしてケットはの固有ケットで固有値に屬している.こうしてみると方程式(48)はの固有ケットの積分ブラス和を零に等しいと置いたものである.このような方程式は,方程式(31)について見てきたように,積分される函數および和の中のすベての項が零とならない限りは成立し得ない.それゆえ
從って(47)の右邊に現われるケットはすべての固有ケットでもありの固有ケットでもある.そうすると方程式(47)はをととの兩方同時の固有ケットで展開したものである.どんなケットでもの固有ケットを用いて展開できるのであるから,どんなケットでもととの兩方同時の固有ケットを用いて展開できるという結果になり,すなわちととの兩方同時の固有狀態は完全な組を作ることになるのである.
上に述べたととの兩方同時の固有ケット,およびには,それらの屬する固有値および,またはおよび,を用いて目印がつけてあり,それにさらにおよびという目印がついている.これも場合によっては必要となるのである.これからさき一般に,兩方同時の固有ベクトルに對しては目印として固有値を用いるという方法をとることにするが,それは今まで一つのオブザーバブルの固有ベクトルについてとって來た方法とちょうど同じである.
上の定理の逆は次のようになる.ととが二つのオブザーバブルで,それらの兩方同時の固有狀態が完全な組を形づくっているのであれば,ととは互に交換する.これを證明するためには,を固有値およびに屬する兩方同時の固有ケットとして
となることに注意する.兩方同時の固有狀態は完全な組を形づくっているのであるから,任意のケットは兩方同時の固有ケットを用いて展開することができるが,その固有ケットのそれぞれに對して(49)が成りたつ.それゆえ
從って
同時の固有狀態という考えは二つ以上のオブザーバブルの場合にひろげることができ,上に述べた定理とその逆とはやはり成りたっている.すなわちなにかオブザーバブルの組があって,その中のオブザーバブルがそれぞれ他のすベてのオブザーバブルと互に交換するものであれば,これらのオブザーパブルの同時の固有狀態は完全な組を形づくる.またこの逆が成りたつ.二つのオブザーバブルについての證明に用いたのと同じ議論が一般の場合にもあてはまる.たとえば三つの互に交換するオブザーバブルがあれば,ととの兩方同時の固有狀態のどれでもそれをの固有ケットを用いて展開し,そしてこれらの固有ケットがまたおよびの固有ケットにもなっていることを示すことができる.このようにしてととの同時の固有ケットは,およびの同時の固有ケットを用いて展開できる.そしてどんなケットでもととの同時の固有ケットを用いて展開できるのであるから,それはまたおよびの同時の固有ケットを用いて展開できるのである.
同時の固有ケットに直交性の定理を用いればわかるように,互に交換するオブザーバブルの組の同時の固有ベクトルを二つとるとき,それらの屬する固有値の組が互に少しでも違えば二つのベクトルは直交している.
二つまたはそれ以上の互に交換するオブザーバブルの同時の固有狀態が完全な組を形づくっていることに基いて,§11に述べた一つのオブザーバブルの函數の理論と同様の方針に從いながら,二つまたはそれ以上のオブザーバブルの函數の理論を作りあげることができる.を互に交換するオブザーバブルとすると,それらの一般の函數とは
を滿足する1次演算子であると定義する.ただしはの固有値に屬する同時の固有ケットのどれかをとったものである.ここでは,のそれぞれにの固有値となるすべての値をとらせたときにが定義されていればどんな函數であってもよい.(34)で定義した一つのオブザーバブルの函數のときと同じようにして示せることであるが,は(50)によって完全に決定され,また(37)に相當して
となり,さらにまたが實函數であれば,は實であり,オブザーバブルである.
さてこんどは話を進めて(45)および(46)の結果を一般化することができる.互に交換するオブザーバブルの一組が與えられたものとすれば,を實數としてのときに等しく,これらの條件のうち一つでも滿たされないときには零に等しいようなの函數を作ることができる.この函數をと書いてよい.實際これはをそれぞれ一つのオブザーバブルの函數として定義し,これらの因子をどんな順序でもよいから掛け合わせたものにほかならない.それは(50)の左邊ののところへこの積を代入して見ればわかる通りである.この函數を任意の狀態について平均した値は,がこの狀態でそれぞれという値をもつことの確率である.これをたとえばとしよう.從って,その狀態が規格化されたケット・ベクトルに相當するものであれば,物理的な解釋を下すために設けてきた一般の假定から
が得られる.數がそれぞれ相當するオブザーバブルの固有値となっていない限りはは零である.數の內のどれかが,それに對するオブザーバブルの固有値の連續した領域の中にある固有値の一つである場合にも,はふつうはやはり零となる.しかしこのときには,このオブザーバブルが正確にある一つの値をもつという要求をする代わりに,それがある小さい領域の中にある値をもつという要求をするのが當然である.ということは,(51)のの積の因子の一つを方程式(46)ので置きかえることを意味する.オブザーバブルに相當する數値が連續した固有値の領域の中にあるとき,のそれぞれに對して上のような置きかえを行えば,一般には零とならない確率が得られることになる.
いくつかのオブザーバブルが互に交換すれば,62ページの始めの方で說明したような意味で,これらのオブザーバブルがすべて特定の値をもつような狀態すなわち同時の固有狀態が存在する.從って數個の互に交換するオブザーバブルが同一の時刻にそれぞれ値をもつということにははっきりした意味をつけることができる.さらに(51)からわかるように,どんな狀態に對しても數個の互に交換するオブザーバブルを同時に測定したときに特定の結果が得られることの確率というものに,はっきりした意味をつけることができる.この結論によって一つの重要な新しい事柄が明らかになる.一般には一定の狀態にある體系に對して観測を行うと,その狀態をかき亂し第2の觀測をしようという目的にはかなわぬものとしてしまう.こういう場合には,二つの觀測を同時に行うということには,まったく意味をつけることができない.しかしながら上に述べた理論によって次のことがわかる.二つのオブザーバブルが互に交換するという特別の場合には,それら二つを觀測することは互に干涉しない,言い換えれば兩立できるものと見なしてよく,從って二つの觀測を同時に行うことに意味をつけることができるし,またある特定の結果が得られる確率を論ずることもできる.こういう二つの觀測は實はただ一つの觀測であると見なし,ただふつうより込み入った型のものであって,その結果は一つの數ではなく二つの數によって表わされるものと考えておいてもよい.一般的な理論の立場からすれば,二つまたはそれ以上の互に交換するオブザーバブルはどんなものも,實はただ一つのオブザーバブルであると考え,ただそれを測定した結果が二つまたはそれ以上の數から成るものと見なしておいてよい.そしてこの測定をすれば確かにある特定の結果を生ずるような狀態が,それらのオブザーバブルの同時の固有狀態なのである.