2016年3月27日日曜日

11.オブザーバブルの函數

11.オブザーバブルの函數

  をあるオブザーバブルとする.これにかってな實數 を掛けると別のオブザーバブル が得られる.われわれの理論の內部に矛盾を含まないためには,オブザーバブル を測定すれば確實に という結果を生ずるような狀態に一つの體系があるときに,オブザーバブル を測定すれば確實に という結果を生ずることが必要であるが,この條件が滿たされることはたやすく確かめられる. の測定をすると確實に という結果が得られるような狀態に對應するケットは, の固有ケットであって,これを とすれば,

を滿足しているものである.この方程式から

が導かれるが,これは が の固有値 に屬する固有ケットであることを示しており,從ってまた を測定すれば確實に という結果が得られることを示している.

 もっと一般的にいうと, の任意の實函數をとり,それをたとえば とする.そしてこれは が測定されるたびに自動的に測定されるような新しいオブザーバブルであると考えてよい.というのは の値を實驗的に決定すればそれで の値も與えられるからである.さらに が實であるという制限は不必要なのであって,實でない場合にはこの函數の實數部分と純虛數部分とが二つのオブザーバブルであり,それらは を測定すれば自動的に測定される.理論が矛盾を含まないためには, を測定すれば確實に という結果を與えるような狀態に體系がある時は, の實數部分および純虛數部分を測定すればその結果は確實に の實數部分および純虛數部分となることが必要である. が, をただの數として,べき級數

で表わせる場合には,この條件はやはり初等代數を用いて確かめることができる.もっと一般の函數 の場合にこの條件を確かめるのは不可能なこともあろう.その時にはこの條件を の定義として用いればよい. の數學的な定義はまだ下してなかったからである.このようなやり方で,べき級數で與えられるものよりもっと一般的なオブザーバブルの函數を定義することができる.

 一般に の定義としては, の固有ケット のすべてに對して

を滿足するような1次演算子とする.ただし は固有値 のそれぞれに對して一つの數を表わしている.たやすくわかるようにこの定義は,それを獨立でない固有ケット に應用した場合にも,內部に矛盾を含まない.いまある固有ケット が の別な固有ケットのいくつかに從屬しているとすれば,これらの別の固有ケットはすべて同一の固有値 に屬するものでなければならない.もし違うとすれば(31)と同じ型の方程式が得られることになるが,これはすでに見た通り不可能なものである.そこで を の別の固有ケットの1次結合で表わした式に左から をかけると,それはその式の各項にただの數 を掛けたことにすぎないから,明らかに矛盾のない方程式が得られる.さらに方程式(34)は1次演算子 を完全に定義するのに充分である.それは を任意のケット に掛けた結果を得るには を(25)の右邊の形に展開して

をとればよいからである.

  の共役複素量 は(34)に共役虛な方程式で定義される.つまりどの固有ブラに對しても,

が成りたつものとする.ただし は の共役複素な函數である.この方程式の の代わりに と置きそれに右から任意のケット を掛けてみよう.すると に對する展開(25)を用て,

が得られる.ただし,ここで直交性の定理の助けをかりた.また は, が(25)の和の中に現われる項に關係した固有値の一つになっていなければ,零であるものと了解しておく.次に(35)の の代わりにその共役複素函數 を置いて左から を掛けると1)

が得られる.この式の右邊は積分される函數が では零となるから,(36)の右邊に等しく2),從って

これはどの固有ブラ をとっても,またどんなケット をとっても成りたつのであるから

すなわち1次演算子 の共役複素量は の函數 である3).

 これからすぐに出る系として, が の實函數であれば は實の1次演算子である.このとき はまたオブザーバブルでもある.それは, の固有狀態が の固有狀態ともなっているので, の固有狀態が完全系を作っているからである.

 上にしるした定義を用いると,あるオブザーバブルのどんな函數 をとっても,實變數の函數 の存在領域がそのオブザーバブルのすべての固有値を含んでいさえすれば,それに意味をもたせることができる.存在領域がこれらの固有値のほかにそれらとは異なる點をも含んでいれば,これらの異なる點に對する の値はオブザーバブルの函數には影響しない.この函數は解析函數あるいは連續函數である必要はない.あるオブザーバブルの函數 の固有値は,オブザーバブルの固有値の函數 にほかならない.

 たいせつな注意としては,あるオブザーバブルの函數 を定義できるためには, としてオブザーバブルの固有値のそれぞれをとるとき,それに應じて數 がただ一通りに定まって存在することが必要である.從って函數 は1價でなければならない.このことを實例で說明するために次の問を考えてみよう.オブザーバブル の實函數であるオブザーバブル があるとき,オブザーバブル はオブザーバブル の函數であるか?  の固有値 が異なればいつでも の値が異なっているときには,この問に對してその通りと答えられる.しかし の異なる二つの固有値,たとえば に對して となることがある場合には,オブザーバブル の固有値 に對應してオブザーバブル の固有値は一通りには定まらず,從ってオブザーバブル はオブザーバブル の函數とはならない.

 定義から數學的にたやすく確かめられるように,あるオブザーバブルの函數二つの和あるいは積はそのオブザーバブルの函數であり,あるオブザーバブルの函數の函數はそのオブザーバブルの函數である.またたやすくわかるように,オブザーバブルの函數の理論全體はブラとケットとについて對稱であり,方程式(34)をもとにする代わりに

という方程式をもとにしても同じように議論ができるはずである.

 この節を終えるに當たって,實際上きわめてたいせつな二つの例について論じておこう.それはすなわち逆と平方根とである.あるオブザーバブルが零という固有値をもっていなければそのオブザーバブルの逆が存在する.オブザーバブル が零という固有値をもっていなければ,その逆のオブザーバブルを あるいは とよぶことにすると,これは

を滿足するであろう.ここで は の固有ケットで、固有値 に屬するものである.ゆえに

これがどの固有ケット に對しても成りたつのであるから

でなければならない.同様にして

これらの方程式のうちのどちらでも, が固有値零をもたないという條件さえあれば, を完全に決定するのに充分である.(40)の場合についてこれを證明するには,方程式

を滿足するかってな1次演算子を とし,この式の兩邊に左から(39)で定義される を掛ける.その結果は

となり,從って(41)から

 方程式(40)と(41)とは,一般の1次演算子 の逆が存在する時にそれを定義するのに用いることができる. は實であることさえ必要としない.その一般の場合にはこれらの方程式の一方だけでは必ずしも充分とは限らない4).かってな二つの1次演算子 と とが逆をもてば,それらの積 の逆は

である.これはそれぞれの因子の逆をとって順序をさかさまにしたものである.(42)が正しいことは,その右邊に右からでも左からでも を掛けて見ると1になることからわかる.積の逆についてのこの法則は直ちに二つ以上の因子の場合にひろげることができる.すなわち

 あるオブザーバブル の平方根はいつでも存在し, に負の固有値がなければそれは實である.これを または と書く. を の固有ケットで固有値 に屬するものとすれば,それは

を滿足する.ゆえに

となり,これがどの固有ケットに對しても成りたつのであるから

でなければならない.

 (43)の符號に不定さがあるので,いくつかの平方根が存在することになる.それらの中から一つをきめるには,固有値のそれぞれに對して(43)の符號を特別に指定してやる必要がある.この符號はそれぞれの固有値に對し次次と不規則な變わり方をしてもよい.それでも(43)で定義される1次演算子 はいつでも(44)を滿足し,從って の平方根函數となっている. の固有値に二つまたはそれ以上の獨立な固有ケットが屬しているものがあれば,われわれの用いた函數の定義に從って,これらの固有ケットのどれに對しても(43)で同じ符號をとるものとしなければならない.しかしながらそれらに對して異なった符號を用いたとしても方程式(44)はやはり成りたつはずである.從って方程式(44)それだけでは を定義するのには不充分である.もっとも, のどの固有値に對しても獨立な固有ケットがただ一つだけしかないという特別の場合は別である.

 あるオブザーバブルの異なる平方根の數は ある.ここに は零でない固有値の總數である.實際上は平方根函數は負の固有値のないオブザーバブルに對してのみ用いられ,特に役にたつ平方根は(43)で符號をいつも正にとったものである.この平方根のことを正の平方根とよぶことにする.